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―過去2―
「火事だよ」
いつの間にか後ろに立っていた男が言った。お面を着用しているわりには、よく通る素敵な声だな、と場違いなことを思った。
「火事?」
「原因はお隣さんのタバコの不始末。火はどんどん燃え移って、君の住むこのマンションの四階はほとんど全焼。お母さんが気づいたときにはもう、火は家中に回っていた。君の部屋に入れる状況ではなく、救助も間に合わずに、若菜は死ぬ……予定だった」
危機的な状況にも構わず、男は冷静だった。おかげで私も落ち着いて現状を理解することができた。この人がいなかったら、きっと私は焦って何もできないまま、炎に焼かれて死んでいたと思う。
けれど、男が最後に付け加えた台詞がよくわからない。
「予定だった?」
聞き返した私の声は震えていた。いくら落ち着こうとしても、大きな火事に巻き込まれている。死ぬかもしれない。私の脳は、冷静になれと指令を出しているものの、やはり怖いものは怖いのだ。
「そう。僕が未来から来たことで、若菜は死ななくて済むんだ」
「未来って……何言ってるの?」
まったく意味がわからなかった。俗に言う、電波系というヤツだろうか。
しかしそうだとすると、男がセキリュティ万全のこの家に侵入していることも説明がつく。いやいや、何を考えているんだ。未来から来た、だなんて、某ネコ型ロボットじゃあるまいし……。
「まあ、信じられないだろうね。でも一つだけ、君に言っておきたいことがあるんだ」
男は、右手の人さし指を立てる。
「言っておきたいことって?」
「将来、大切な人が職を失っても、君は変わらずに彼のことを支えてあげるように」
「え? ……どういうこと?」
大切な人っていうのは、誰のことだろう。それに、職を失うって……。
「今はわからなくていいよ。それよりまずは、炭になる前にこの部屋から脱出しなきゃ」
そうだ。寝起きでまだ頭が働いていないけれど、怪しい男と会話なんてしている場合ではないのだ。ドアの隙間から、黒い煙が侵入してきている。
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