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―過去4―
「生きてる……。なんで?」
手足も思い通りに動く。
「ふふふ。僕の脚力は人類最強だからね」
男は不敵に笑った。
高校一年生とはいえ、脚力がいくら強くたって、四階から飛び降りて無事であるはずがないことくらいはわかる。
反論しようとしたが、男の首筋に赤い液体を発見した。
「あっ、血が……」
男の首周辺に血がにじんでいた。さっき強く握りしめたときに、爪で傷つけてしまったのだろう。
「気にしないで。それよりほら、お母さんも心配してるよ」
男が視線を向けた先では、明らかに動揺している中年の女が、数名の救急隊員と一緒に走りながら叫んでいた。私の母だ。
「こっちです! あの部屋! 娘がまだ中にいるんです」
急いで家から飛び出してきたのだろう。髪はぼさぼさで、靴すら履いていなかった。
「お母さん!」
私は駆け寄って、母に声をかけた。
「若菜!? どうして……。 大丈夫なの!? 怪我は!? 本当に若菜なの!?」
強く肩を掴まれて、揺さぶられる。母が涙ぐむものだから、私もつられて少し泣いた。
「本物だよ」
「よかった……」
母はそう言って、私を抱きしめた。
「そうだ、あの人が助けてくれて……って、あれ?」
お面をつけた男の姿は、いつの間にか消えていた。周辺を探してみたが、見つからなかった。野次馬に紛れて、どこかへ行ってしまったのだろうか。
それか、本当に未来から来たのかもしれない。私を助けて、役目を終えた彼は、未来へと帰って行ったのだ。
でも、助けてくれたお礼くらい言いたかったのに。なんて勝手な変質者なのだろう。
結局家族には、寝ぼけていた私が、炎の熱に危険を察知して無意識的に外に避難したのだろう、ということにされた。お面を付けた、自称未来から来た男が私をお姫様抱っこして四階から飛び降りたのは、寝ぼけていた私の見た夢だ、とも言われた。
当初は、男は本当にいたし、あれは絶対に夢なんかじゃない、と思っていた。けれど時が経つにつれて私も、そんなことあるはずないか、と考えるようになっていた。
月日が過ぎ、私は大人になって、火事のことすら思い出さなくなっていた。
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