人身御供

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あ、会いに行かなきゃ。 その言葉を聞いた瞬間、ふと芽吹く様に思った。 彼に、会いに行かなきゃ。 この身分である以上、それは避けられない事。始めから分かっていた。 二人の姉も、そうして旅立って行ったのだから。 いつもの場所、いつもの日暮れ。彼は、静かに佇んでいた。 愛しさが込み上げる。 それと共に競り上がるものには、気付かない、振り。 「やあ、久し振り」 「三日前にも会ったでしょ」 「一日千秋って知ってる?」 「もう……」 こんな軽口も、胸を締め付けるばかり。 彼の穏やかな声は、いつも私の心を温かくさせるのに。 「何かあったのかい?」 いけない。怪訝な顔をしている。悟られてはいけない。 「何でもないわ。それより、貴方の話を聴かせて」 隣の村に住む彼とは、数日に一度、こうして会うのがやっと。 会えない間に何があったのか報告するのが、私たちのささやかな逢瀬。 「竹細工の腕が上がったと、親父に褒められたよ」 嬉しそうに話す彼の、くすぐったそうな顔。優しい声。温かな眼差し。 泣きたくなるほど、愛しい。 このまま、彼の村で、彼の傍らで、生きて行けたら。 「どうかした?」 「何でもないわ」 「……」 何か言いた気な彼を、想うと、何故生まれてしまったのかと恨まずにはおれない。 私が毎日飢えずにいられたのは、この為なのよ。 拒んではいけないわ。責任を果たさなくては。 「貴方の竹細工、とても繊細で美しいもの。きっと、高く売れるわ」 私には、決して手にする事の出来ない、装飾品。 彼の作品を身に付けることが出来たなら、どれだけ……。 「次はいつ会える?」 「……っ」 言葉に詰まった。 次があると、信じて疑わない目。 嗚呼、わたしは、貴方に嘘を吐かなくてはならない。 どうか、どうか、こんな私を赦して。 ごめんなさい。 「そうね、……いつかしら」 「俺は、毎日君に会いたいよ」 どうして、今そんな事を言うの。 「私も会いたいわ。毎日、会いたいわ」 ……明日も。 呟いた声は、貴方に届いた……? 「明日も来るよ。良かったら、君も来てくれ」 待っている。 愛しげに、そう言われて、どうして断れる? 「そうね。また、明日」 来もしない明日を約束して、何食わぬ顔で去る私は、愚かな女だろうか。
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