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飲み込んだ涙は、まるで剥き身の刃の様。
「またね。……また、明日」
優しく見つめる貴方に、私は嘘を重ねる。
さようなら。愛しい人。さようなら。
巫女として生まれた私は、この日照りから皆を守らねばならない。
死する恐怖よりも、貴方に会えない事が、こんなにも苦しい。
生まれて来なければ、良かった。
貴方に、嘘を吐いた。貴方を、きっと悲しませてしまう。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
滝壺の前に立ち、震える身体を抱きしめた。
もう会えない。
貴方に会えない。
それだけが、心残り。
それを草鞋に置き去り、飛び込んだ。
頬を伝う涙は、押し寄せる水が隠してくれる。
もう、隠さなくて良い。
もう、我慢しなくて良い。
私は叫んだ。
命の限り叫んだ。
貴方に会いたい。
まだ死にたくない。
愛している。
愛している。
愛している。
これから貴方は、きっと誰かと寄り添うのでしょう。
どうしてそれが、私じゃないの。私じゃ駄目なの。
嗚呼、酷い。
貴方を呼ぶ声を掻き消して、猛る水が押し寄せる。
水と私との境界があやふやになる。
私は水で、水は私。
やがてきっと、私は空へ還り、雨となるのでしょう。
そうして、また地上へと、戻って来るのでしょう。
もう、何も感じない。
肌をなぶる水も、溺れる苦しさも、水面の光りも、水底の昏さも、何も、感じない。分からない。
貴方を想う、心だけが残った。
貴方の、笑顔が見えた。
優しく私を呼ぶ。
今、行くわ。貴方の元へ。
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