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姉妹は穂寿美の車で郊外の家に戻った。母はまだパート先から帰宅していなかった。
「シャワー、浴びてくる」
千穂理はバスルームに向かう。
「メガネは、はずして行ったら。もう、人目を気にする必要ないんだから」
「うん」
応えながらも千穂理はメガネを掛けたまま洗面所に入った。
洗面化粧台の鏡に映る細い首には、犯人の指の後など残ってはいなかった。
喉の真ん中にモザイク模様が二つあるだけだ。
少しメガネを上げてみる。
モザイクが消えて楕円形の赤黒い痣が現れる。
千穂理の首を絞めた犯人の親指の形だ。
「……」メガネを下ろし、痣がモザイクに変わったのを確認して、ほっと息を吐いた。
鏡の中の自分も笑うことが出来る。
千穂理が掛けているメガネは、幸せになれるというモザイクメガネで、
中学時代の同級生、兜勇治のものだ。
それをかければ、自分を不快にするモノにはモザイクを掛けて隠してくれるのだ。
病院で検査を受けた時、首に残った痣を見たくなくて、
轢逃げに遭って同じ病院に入院している兜にモザイクメガネを借りたのだ。
兜がどうしてそんなメガネを持っていたのか、聞こうと思っていたのだが、
痣のショックで長い話はしたくなく、メガネだけを借りてきた。
「負けるな、千穂理」鏡の中の自分を励ます。
モザイクメガネは、殺されかけた恐怖と醜い痣から心を守ってくれたが、
化粧を落とすのには邪魔だった。
メガネをはずして冷たいシャワーを浴びると、全てを忘れたような気分になれた。
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