寺へようこそ

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暦上は秋に当たるのだが、そんな物は知らないとばかりに太陽が輝くまだまだ暑い中、とある寺では掃除が行われている。 体を動かす以上、どうしても額や脇に汗がじわりと浮く。顎に滴る汗をタオルで拭こうと彼女は首から下げたタオルを持ち上げて、止めた。何となく埃っぽさと、手が汚れている事を考えて顔を拭く気が失せた。 彼女はタオルから手を離し、仕事を再開したと言っても、だらだらと床板を気だるそうに拭く。そんな彼女の名は、白田結衣。26歳無職。ただ今、無償ボランティアで寺の清掃中。 そう、掃除中だったのだ。 柱の上の方、かなり高い位置にある梁の上に積もった埃が叩かれた結果下へ舞い降り、顔を拭こうとマスクを外していた結衣の鼻を刺激した。 「び、びゅくしょん!」 大きいくしゃみを四つん這いの状態でした所、腕が衝撃に耐えられず、体勢が崩れて額をしこたま床へ打ち付けた。可笑しなくしゃみをした結衣は、恥ずかしさのあまり「人間バネ」と言って、勢いよく跳ね起きた。 自分はさもふざけていると装って顔を上げると、きちんと床に正座し、坊さんのような恰好をした高齢の男性と目が合った。頭を丸めたつるつるの頭皮に蝋燭の明かりが反射している。 先程まで、このような男性はいただろうかと結衣は記憶を反芻するが、掃除メンバーで居たのは作務衣を着た若い男性2人と汚れても良い作業着を着ていたボランティア数名と、目の前の男性の顔が全く一致しない。結衣にとって今目の前にいる高齢の男性は初めて見る顔だった。 結衣は恐る恐る勇気を振り絞って聞いた。 「……えっと、どちらさま?」 「あなたこそ、突然、どこから現れたのでしょうか?」 筆を持った男性と結衣は暫く見つめあうと、沈黙に耐えられなくなった結衣は視線をそらし、驚いた。結衣と高齢の男性以外誰もいない。どこへ行ったのかと立ち上がって、障子戸を開けると、空には月があった。 「うっそ。もう夜? え、他の人は? は? え、何がどうなっているの?」 パニックに落ちいった結衣はしゃがみ込み、両手で頬を抑えてから軽く叩く。痛い、夢じゃない。 「何かお困りですか? あ、大丈夫ですか!?」 遠くに慌てた男性の声を聴きながら、結衣は後ろへひっくり返った。
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