男と少女

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「…どうしたんですか?」 カチャリ。 「もういい」 カチャリ。 「どうして?」 カチャリ。 「うるさい…」 「でも」 「うるせえっつってんだよ!!!!」 ひゅんと空気を切る音とともに、何かが頬を掠めた。 壁に激突した文庫本は、椅子に座った少女の足元にごとりと落ちる。 「…大切な本じゃなかったんですか、それ」 長いまつげに縁どられた大きな瞳は、肩で息をしている男に相も変わらずじっと向けられていた。 舌打ちをして、いらついた足取りで本を拾いに行く男。 「よくタイトルが見えたな」 精一杯皮肉めいた口調を装っているが、その声は微かに震えている。 少女は微笑み、小首をかしげた。 「だって、ずっと手に持っているから」 男はふんと鼻を鳴らし、パソコンデスクの前にある椅子にどっかと腰を下ろした。 なんとなくページを開いたが、その目は文字を追っているようには見えなかった。 しばしの沈黙のあと、少女は再び口を開いた。 「連絡、しないんですか」 「お前が気にすることじゃない」 「でも、もうするって言ってた時間になります」 その言葉に、自分の左腕にちらりと目を向ける。少女の言う通り、もう約束の時刻の少し手前を指していた。 軽く息を吐き、男は準備を始めた。 約束の時間きっかりに電話をかけ、淡々と相手に要件を伝える。 その間少女は下を向き、静かに目を瞑っていた。 首についている鎖が、微かに音を立てた。
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