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それと同時に、まだ離婚する前の事を次々と思い出した。
離婚してからは余裕が無くて忘れていた事。
娘が産まれた時、見えていない筈の娘の小さい瞳が、由里子をまっすぐ見つめていた。
初めて娘を抱いた瞬間。
目が合うと笑うようになり、小さな手を広げて由里子を一心に求めていた姿。
初めての離乳食を食べて、驚いた顔の後、嬉しそうに「もっとちょうだい」と催促するように口を開けたこと。
初めて座れるようになった時のこと。
初めて歩けるようになって、由里子の胸にヨタヨタと飛び込んできたこと。
入園式の日、緊張しながら由里子に手を引かれて幼稚園に向かった朝の事。
沢山の愛との思い出が、溢れ出してきた。
「愛・・・愛・・・ごめんね・・・ごめんなさい・・・!!」
仏壇の前で泣き崩れた由里子は、背後に何か気配を感じた。
「愛・・・?!」
振り返っても誰も居ない。
愛があの日、倒れていたその部屋は、畳も張り替えられ、壁紙も新しくなっており、形跡は何も残っていない。
ただ、その時、由里子には愛の声が聞こえた気がした。
「ママ、誕生日おめでとう」
それは、都合良く由里子の頭が聞こえさせたものなのかもしれない。
そう言えば、事件の日の朝、気付かない振りをしたが、愛は何か言いかけていた。
もしかしたら、おめでとうと言おうとしてくれたのかもしれない。
「愛・・・ありがとう・・・。ママもずっと大好きだから・・・!」
由里子は泣きながら、娘の写真を抱き締めたのだった。
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