1話 引越しと東京〇3と僕と彼女

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 僕はそのカップルを見て、どこかで見たことがあるような気がするなと思いながら、ぼんやり眺めていると、男性の方が女性に向かって何かを話している声が聞こえてきて誰なのかわかった。  それは芸能界の大御所のお笑い芸人Dだった。  声に特徴があったため、思い出すことができた。  そして、明らかに隣にいる女性が奥さんではないことから、それが不倫旅行であることがわかったのだ。  何事もなかったのように打ち合わせを終えた僕は、会社に戻ってからこのことを支社で一番の上司の編集長にだけこっそりと伝えた。  すると、編集長から本社の週刊誌へ連絡が入り、スクープになる可能性が高いので、一緒にいるところを写真に収めて欲しいと頼まれたのだ。  そこで本来はホテルの館内や料理を撮影している同僚のカメラマンと一緒に、旅館の前に車を停めて、二人が一緒に出てくるところを撮影するために張り込むはめになってしまった。  その日は結局チェックアウトせず、翌日、眠気を抑えながら、何食わぬ顔でそのまま昨日の打ち合わせ通りに写真撮影をしながらも館内の様子にも気を配っていた。  さりげなく、旅館の撮影に付き添っていた女将に「昨日お笑い芸人のDがいたような気がしたんですが。」と訪ねてみたが、普段は温和な女将の表情が固くなり「お客様の情報は一切お伝えできません。」ときっぱり断られてしまった。  それ以上のことは何もできず、旅館の取材を終えると、そのまま帰ることになり、一緒にいたカメラマンと今後どうするかや、何の情報も得られなかったことを編集長に伝えるべきかどうか話し合った。  僕は独身だったが、同僚のカメラマンは家庭を持っており、そもそも芸能記者でもないのに、このまま張り込み続けるのは難しいと思っていた。  そうでなくても、普通に日々の業務にも差し支えそうだった。
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