3人が本棚に入れています
本棚に追加
とはいえ、なんとなく不安な気分が収まらなかったので、俺はフェンスを離れ、高校のすぐ近くを流れる川の土手まで退避した。夏の日差しが肌に刺さったが、サングラスのおかげでそれほど気にならなかった。俺は土手に仰向けになって、空を眺める。良い天気だ。雲がゆっくりと風に乗って流れて行った。
◇
イチ、ニ、イチ、ニ、イチ、ニ、イチ、ニ。遠くでリズミカルな掛け声が聞こえる。この辺りは車が通らないので、運動部がよく走っているのだ。
俺はウトウトして眠ってしまったようだ。起き上がって、伸びをしていると、不意に背後から声がした。
「瞬……ちゃん?」
俺はびっくりして、弾かれたように振り向いた。そこに立っていたのは楓である。
「え? なんで? 俺サングラスしてんのに? 髪オレンジなのに?」
あまりに驚いたので思わず間抜けなことを言ってしまう。
「さっき校庭の方見てたよね。瞬ちゃん、やっぱり瞬ちゃんだ」
そう言うと楓は突然手で顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。突然のことに俺は一瞬放心したが、思わず楓の方に駆け寄って、背中をさすっている自分がいた。
楓は泣きながらずっと「ごめんね、ごめんね」と漏らしている。何がごめんねなんだ。楓は何も悪くないのに。俺が勝手に撥ねられて、勝手に死んだんだ。なのに、どうして楓が謝らなくちゃいけない。
俺は楓の背中をさすりながら「ごめん」と呟いた。ほかに何と言っていいかわからなかったのだ。とりあえず、その場に楓を座らせ、俯いて泣き続ける背中を、俺もひたすらさすり続けた。こういう時、ちゃんとした男なら、もっとマシなことができるのだろうけど。俺は楓にどうしてやればいいのかてんでわからない。もっと言えば、どうして楓が泣いているのかイマイチよくわからなかった。
でも、きっと楓は俺が死んだことをずっと気にしてくれていたのだろう。俺は死んだあと、宙に浮かびながら葬式やら火葬やら納骨やらを眺めていた。叔父も叔母も、突然のことでバタバタしていたが、眺めていると二人とも煩わしそうにしているのがよくわかった。友達と呼べる人間もいなかったから、クラスメイトが俺の葬式に来ることもなかった。
最初のコメントを投稿しよう!