3.蝶子:眼が見えなくてもイケメンがいいの?

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   蝶子という名前は母がつけた。昔好きだった曲から取ったのだそうだ。  母が高校生の時、初めて買った洋楽のLPレコードに入っていた曲だった。  ラジオで聞いて気に入ってすぐに買いに行ったものの、レコード店で見たそれは当時の女子高校生にとっては、買うには恥ずかしくなるような奇妙でバカみたいなイラストのジャケットで、手に持って行くには勇気が必要だった。  なんとか二千五百円をレジに置いて、ひったくるように家に持って帰った。  その曲はA面の一番最後に入っていた。  その曲を聴くと感動のあまり動けなくなり、B面にひっくり返すのが面倒で、ずっとそのままにしておいた。  だからB面の曲はあまり聞いていないのだそうだ。 「CDって便利なようでいて、不便やね。勝手にB面が始まっちゃうからさ、余韻も何もあったもんやないよ」と、よく母はこぼしていた。       Butterflies are Free to Fly  なんか、そのフレーズが頭の中に残っていて、これしかないと思ったそうだ。  父は、当時流行り始めていた〝カレン〟やら〝アリス〟やら、外国の名前を無理矢理漢字に当てはめたような名前にしたかったようだが、蝶は縁起のいい生き物なのよ、と言われて、これまた当時流行っていた高級電子辞書で調べると、なるほどっていう事が書いてあったようで、その名前を付けるのを承諾した。  要するに父はただの新し物好きで、私の名前にそれほどのこだわりは無かったのだ。  だからこのButterfly の曲は私のテーマソングになった。  赤ちゃんの頃は母によく聞かされていたそうだ。  だが、そのレコードはいつの間にか棚の奥に仕舞い込まれた。  私の眼がだんだん悪くなり、生まれて二年後に失明してしまったからだ。
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