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夕陽が真っ赤になってグラウンドに落ちていった。
グラウンドも自分も何もかもが、朱色に染まり同化していく、そんな瞬間が一番好きだ。ああ、自分はもう一人ぼっちではないんだと感じられる、その瞬間が一番好きだ。
だが、それを感じる為には、そう思える為には、グラウンドで全てを出し尽くさなければならない。
全ての体力を使ってやり尽くしたと、自分自身が納得しなければならない。
かつてプロ野球の新人には、グラウンドには、金が落ちていると教えたそうである。猛練習して上達すれば、試合で活躍して高給を稼ぐことができるという意味だ。
だが、僕に言わせれば、そこにはお金以上のものがあった。
もっと生きるために根元的に必要なもの、自分は人間だと証明できるもの、水や食べ物よりもっと生きるために必要なもの、人間としての存在意義、自分は人間だと証明できる唯一の方法がそこには落ちていた。
勝負事に〝ツキ〟というのは重要だ。
もちろんそれが全てではない。その前に相手と対等に張り合える実力が無ければ話にならない。
敵とギリギリの勝負をして、がっぷり四つに組み合う。押しても引いてもビクともしない。
そういう状態になった時に初めて〝ツキ〟というものが威力を発揮する。
だいたいラグビーボールというのは、ああいう変な形をしている。バウンドがどっちに転がるのかさっぱり分からないのだ。
相手に行くのか、それともこっちに来てくれるのか、転がり方一つで状況は天国にでも地獄にでもなる。
だから〝ツキ〟というものを大事にしなければならない。
それ故に、僕はいつも試合前に神に祈りを捧げる。
〝どうか僕に少しばかりの幸運を授けてください〟と。
この〝少しばかり〟というのが重要だ。決して〝勝たせてください〟と祈ってはいけない。
何故ならば神はそんな事を言う横柄な奴には決して幸運を与えてはくださらないからだ。
自分にできる精一杯の努力をする、そういう人間だけを助けてくれる。まさに〝人事を尽くして天命を待つ〟、それこそが〝ツキ〟を得られる最大の極意だ。
だからいつも僕は練習の時から手を抜かず、夕陽の中を走り続けている。
暗くなるまで、苦しくて息が続かなくなっても走り続けている。
ずっと辛かった人生に少しでも幸運を呼び込む為に。
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