日常の終わり

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「こんな所にも車の音が聞こえるんだ……」  誰に聞かせるわけでもなく呟いた。  僕はビルの九階に立っている。こんなに高い所に立っているのに、車のエンジン音が聞こえる。忌々しい事に、電車のゴトゴトという走行音も聞こえた。 「下も……見えるな……」  下を歩く人が見える。ベランダとか、アンテナの類とかの遮る物は、殆ど何も無い。  吹き付ける風が冷たいし、車のライトや街灯が綺麗だ。 「誰も居ないよな……」  後ろを向く。屋上の手摺を乗り越えて立っているので、見つかったら面倒な事になりそうだ。  それに……僕自身の決意も濁ってしまいそうだ。 (いっそ、この風で吹き飛ばされてしまえれば楽なのに……)  高所だからか、油断すれば飛ばされそうなくらい強い風が吹いている。  しかし、僕の手は思いの外ガッチリと手摺を握っていて、放さない。大して意識はしていない筈なのだが、何故か自然と手に力が入ってしまうのだ。  掌に汗をかいていて滑り易いのが、かえって気を楽にさせているのが、救いといえば救いだろうか。 「これでようやく楽になれる……」  僕はまた後ろを向いた。人は居ない。 「はやく……飛ばないと……」  人が来たら騒ぎになる。 「飛ばないとな……」  ――何回同じことを考えただろう。  見つかる事を期待しているのか?  そうかもしれない。でも……。  僕は生きていても仕方のない人間なんだ。  この先生きていたって、色々な人に迷惑をかけるだけだ! 「頑張ればそこそこの……最低限の事は出来ると思ってた……頑張れば誰だって、それなりに普通に暮らしていけて……人を傷付けたりする事だって、自分次第で防げて……努力すれば、そこそこに願いも叶えられる。……そう……思ってた……!」  僕の声が、強風や街の雑踏にかき消されていくのを感じる。 「でも……僕は駄目だった…… 頑張ったつもりだったけど……駄目だったんだよぉぉぉ!」  手すりを握る手に、更に力が入った。 「やっぱり……皆に迷惑はかけられない……!」  僕の足が、屋上の床を蹴った。気分は昂揚している。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  自分を振るい立たせるための叫びが、恐怖に怯える叫びに変わっていく。  怖い! 瞼はいつの間にか、きつく閉じられている。地面に激突したら、きっと、これまでに体験した事の無い痛みが襲ってくるのだろう。
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