遠い追憶の、確かな思い出

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 冬空の隙間からうっすらと淡い光が差し込み、僅かな温かみを感じる午後。郵便配達のバイクの走る音を耳に入れながら、とあるアパートの一室でせっせと手を動かす少女が一人。  井島香絵(いとうかえ)という名前のこの少女は、二週間後に控えた引っ越しのために自分の荷物を整理しているところだ。箪笥を一つずつ開け、いるものといらないものとを分け、それぞれの段ボールに入れていく。  この時期の引っ越し作業は寒さが堪える。香絵も冷えて赤くなった指先を何度もこすりながら黙々と作業を続ける。  そんなことをし始めてもう一時間が経つという頃、クローゼットを整理していた香絵の視界にあるものが入り、それを持ち上げる。 「これは……」  それは、一体のペンギンのぬいぐるみだった。小さい頃に買ってもらった当時はまあるくて、ふわふわとしていて抱き心地がよく、いつも抱きしめて眠っていた。
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