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『あなたは生きて。私はあっちで待ってますから。だから…、またね。』
それがあいつの最後の言葉だった。
死に際とは思えぬほど安らかな笑みを浮かべ、優しく私の手を握りながら言ったその時の事を、私は1度も忘れたことはない。
病弱だったあいつとの結婚を皆が反対したが、私にはあいつ以外考えられなかった。
あんな心が暖まるような優しい笑顔をむけてくれる人は、後にも先にもあいつ以外見たことがない。
だから、一族からの反対を押しきり一緒になったことを後悔などしていない。
例え跡継ぎを産めなくとも、ただ隣で笑っていてくれるだけでよかったのだ。
あいつはまるで私の願いを叶えるように、いつも笑っていてくれた。
病に倒れ、本当は辛いはずの最期の時でさえ笑っていた。
本当に短い夫婦生活だったが、私は幸せだった。
あいつ以外との結婚は考えられず、勧められた縁談はすべて断った。
生涯、妻はおまえ1人で充分だ。
おまえのいない寂しさを紛らわすように、仕事に打ち込んだ。
それでもこの季節が来ると、おまえを思い寂しさが溢れだす。
今年もおまえと同じ名前の紅葉の葉が、あの日と同じように真っ赤に色付いたよ。
縁側に座り庭の紅葉を眺める私のもとへ、1枚の葉が風に吹かれてやってきた。
私はそれを優しく握り、胸にあてた。
紅葉。
私は生きたよ。
沢山生きた。
おまえがいなくなって、もう何度この季節を迎えたんだろうな。
私ももう、長くはなさそうだ。
もうすぐ、もうすぐだよ。
おまえに会ったら話したいことが沢山あるんだ。
でも、そうだな。
1番最初は、待たせてごめんと謝らせておくれ。
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