悲鳴

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 ライエルは女王の部屋の前に一人で立っていた。  今日、女王は王宮にたった一人で居る。女王自ら作り上げた最後の舞台だ。エリオットはライエルが女王を王宮から連れ出した後の段取りを整えている。  ライエルが深く息を吸い、扉に手をかける。重い音を上げながら扉が開いていく。 「ようやく来たか。待ちわびたぞ」  女王がライエルを迎えた。部屋には、椅子が一つだけ。愛用の剣を立てかけた椅子に、深紅のドレスを纏う女王が腰かけている。夜の暗がりに、銀の長い髪が妖しく輝いていた。 「何をしている。入るがよい」  女王を前に呆けていたライエルを、焦れたようにアルミラが促す。慌てて踏み入った部屋ーーその入り口に立てかけられた物を見て、彼は息を呑んだ。  斬首用の斧がそこにあった。女王その人よりも、己に馴染み深い無骨な凶器に、ライエルは目を奪われた。女王が一人で待つ意味が頭の中に浮かび、だが腑に落ちるほどの意味をなさない。 「何を呆けておる。目的もなくここへ来た訳ではあるまい」  部屋の主人が声をかけたことで、やっとライエルは相手に意識を戻すことができた。 「女王陛下。あなたを、連れ出すようにと――」 「エリオットが言ったか。断ると言ったら?」  質問のようで、それは意思の表示だ。従う気はない。女王が暗にそう告げている。 「王弟殿下は、最初、陛下をお救いするようにと」 「それこそ無理な話だ。私は救われぬ。救われてはならぬ」 「それは陛下が……血に染まっておられるから、でしょうか」  ゆっくりと、ライエルが尋ねた。肯定されてはならない問い。女王の正しさは、確かにライエルの寄る辺の一つだった。 「そうだ。あるいは、奴が愚弟であれば、父が賢王であれば、このような思いに囚われる事は無かったのかもしれぬ」  女王が自嘲気味に笑う。恐らくは理解した上で、ライエルの問いを肯定する。ライエルの視線が女王を通り越し、窓に映る自分自身を捉えた。そこには幽鬼か死者と見まごう死相を浮かべた男が立っている。いつか、王弟から鏡について問われたことをライエルは思い出し、ひりつくような喉の渇きを覚えた。
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