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社会人4年目に、結婚が決まった。相手は私よりもずっと年上で、黒い男ほどには傍にいてくれないような人だった。
「ねえ、私結婚するの」
部屋の隅に黒い男が現れてすぐに、私は彼にそう言った。黒い男は暗い目でじっと私を見つめて、ぼそりぼそりと何かを呟いた。
台所の蛇口から、ぴちゃんと水滴の落ちる音がした。黒い男の呟き声は、いつも私まで届かない。彼が何を言っても、たとえ結婚を止められていたとしても、決して私まで届くことはない。だからこれは、永遠に私の片思いなのだ。
私は彼にもう一度飴玉を差し出した。
「あなたは、いつも私を守ってくれたね」
私、あなたと結婚したかったな。
「今まで本当にありがとう」
その時、私は、黒い男が泣くのを初めて見た。黒い雫が彼の両目からぽたりぽたりと床に落ちて、じわりと染みては消えていく。
彼の手から、いつか私が彼に渡した飴玉が滑り落ちる。
「さよなら」と彼が言ったような気がした。
だから私は「またね」と言った。
その日から、彼は私の前に姿を見せなくなった。
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