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その黒い男は、いつも私の傍にいた。
私が物心ついた頃―――自分が呼吸をしていると気づいた頃にはすでに、そこにいた。
黒い男という名前は、見たままを素直に表現していた。人の形はしているけれど、黒色のクレヨンで塗り潰されたような風貌で、かろうじて目と口が認識できるくらいだった。男だ、と思ったのはひょろりと高い身長のせいかもしれない。
黒い男に表情はなく、話しかけても返事はなかった。彼は時々ぞっとするほど冷たい眼差しで、私の向こう側に何かを見ていた。
当時5歳だった私は何も知らず、その黒い男に飴玉を差し出し、無邪気に笑っていた。
「これ、あげる」
黒い男は小さく首を振った。それからその細長い身体を屈めて、私をそっと抱きしめた。
誰かに抱きしめられるということを、初めて知った。母でさえ触れようとしなかった私を、黒い男だけが包み込んでくれた。
その時彼がどんな表情をしていたのかは、よく覚えていない。けれど、彼の腕が氷のように冷たかったことだけは覚えている。
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