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それから私は平穏な日々を過ごし、高校生になった。
黒い男は相変わらずふらっと現れては、知らないうちに消えていく。変わったのは、私から彼への感情だけだった。
その日はたしか、部活の終わる時間がいつもより遅かった。私はぽつりぽつりと点る街灯の下を、鞄を抱きしめるようにして歩いていた。
友達と別れた辺りから、誰かが執拗に追いかけて来ているのには気づいていた。私は早歩きで家を目指し、どうにかして私を追う誰かを撒きたいと思っていた。
そうして早歩きでいるうちに、背後の気配は消えていた。ほっと胸を撫で下ろした瞬間、目の前に見知らぬ男が立っているのを見た。先回りされていたのだ。
怖くて声が出なかった。男が握っている包丁が街灯で光るのを見た瞬間、母の凶行が思い出されて、私の足は完全に固まってしまった。
けれど、その恐怖はすぐに消えた。
包丁男の背後に、黒い男が立っていたから。
彼は何の感情もない目を包丁男に向けて、小さく何かを呟いた。包丁男は私に近づく前に胸を押さえてひどく苦しみ出し、やがてぴくりとも動かなくなった。
「ありがとう」
私が黒い男に向かってそう言うと、彼は一度だけ私を振り返り、闇に溶けるように消えていった。
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