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「……せ、専務、放して……下さい」
「――なぜ?」
私は今、自分が置かれたこの状況に、恐れおののいている。
普段なら、容易に入室許可が下りない最上階の専務室で、あろうことか専務の膝の上に座り、彼に後ろから強く抱き締められているんだもの。
男性にこんな事されるのは初めてな上に、相手が雲の上の存在だと思っていた専務。とても冷静では居られない。完全に舞い上がってしまい心臓が悲鳴を上げている。
「君がこんなに可愛いとは思わなかった。嬉しい誤算だな」
「あ、あの、お願いですから……からかわないで下さい」
カラカラに乾いた喉から絞り出した声は、掠れて臨終間近の雄鶏の様だ。
「からかってなんかいない。俺は事実を言ったまで。君ほど磨き甲斐のある女性はそうは居ないよ」
専務の低音ボイスが耳元で響き、更に鼓動が速度を増していく。それに比例して呼吸も荒くなり、酸欠状態で意識が飛びそうになる。
そして、私の目の前に居る鉄仮面みたいな無表情の男性が、こっちをジッと見つめているから余計焦ってしまう。
「専務……倉田(くらた)さんが見てます。放して下さい」
「んっ? 倉田? ソイツの事は気にしなくていい。倉田は感情のない機械みたいなヤツだからな。なんとも思ってやしないさ」
なんとも思ってないって……そんな事言われても完全に目が合ってるのに、気にするなって方が無理だ。
新入社員の私が、どうして専務の膝の上で彼に抱き締められる事になったのか――
それは、私が受付に配属されたから……そう、全てはそこから始まったんだ……
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