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――四月四日 入社式当日
今年は春の訪れが遅く、まだ桜の木が薄桃色の小花を纏っている。入社式が行われる会館の庭にも、満開の桜がそよ風に揺れていた。
私が入社する会社は、明治十年に材木問屋として創業し、今では、日本を代表する老舗総合商社だ。都心の一等地に本社ビルを構え、国内は元より海外にも多くの支社を持つ大企業。
入社式は本社だけではなく、全ての支社と関連会社の新入社員が集結するので、毎年、本社近くの会館を借りて行われていた。
コンサート会場並みのホールに数千人が集い、それぞれが社会人としての第一歩を踏み出そうとしている。
三階席の私も決意を新たに、壇上で挨拶する豆粒ほどの社長の話しを真剣な面持ちで聞いていた――のだが……さっきから異様な視線を感じ、なんだか落ち着かない。
その視線の主は、隣に座っている女性。チラリと目だけを動かし彼女の方を見れば、胸元まである髪は見事なまでの金髪で、膝の上に置かれた手の先にはピンクを基調にした繊細なネイルが施されている。
うわ~私の最も苦手とするタイプだ。だいたいこんな感じの女性は、私みたいな人間を毛嫌いしてる。それは今までの経験上、ほぼほぼ間違いない。
ここは気付かないフリをしてやり過ごすのが得策と、視線を前に戻す。が、その女性が突然話し掛けてきた。
「ねぇ、あなたすっぴん?」
「ひっ……」
咄嗟に彼女の方を向いてしまいガッツリ目が合う。まともに見た彼女の顔は、鼻筋がスッと通ったくっきり二重の美人さんだった。
その彼女は私のほっぺを人差し指でツンツンして、ふふんと笑っている。
やっぱりだ。私の事バカにしてるんだ。相手になっちゃダメ。
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