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僕は夕暮れ時の河川敷に彼女を呼び出した。
少し肌寒い風の吹く河岸に人の姿などない。
「久し振り」
僕のかける言葉に彼女は少し眉をさげ、はにかんだ顔で「そうね……」と答えてくる。
その表情が、好きだった。
彼女の名前は『野里玉子(のりたまこ)』。
数ヵ月前まで僕と付き合っていた。
僕の心変わりによって終わりを告げてしまったのだ。
「結婚……するんだって?」
「?! な、んで……知ってるの?」
驚き、困惑して呟く。
「うん、乗田に、ね、聞いたんだ」
彼女の家の近所に住む『乗田』と僕は友人だ。
『乗田』のおかげで僕は彼女と知り合い、恋をした。
僕と少し距離を空けて立つ彼女は、俯き、戸惑った。
この距離が僕と彼女の『今』の距離なんだと、淋しさを感じる。
僕が愛でていた彼女の柔らかな髪を風が撫でる。
「あ、のさ……たまこ、今更なんだけど、僕とやり直さないか?」
「?!」
彼女は顔を跳ね上げ、体をビクつかせて直視してきた。
「なっ……何言って……」
「ずっと思ってたんだ!僕にはたまこじゃないとダメなんだ……たまこが結婚するって聞いて、居ても立ってもいられなくて……他の誰かのモノになんか……なって欲しくないんだ。僕となら、たまこの運命を変えられる!僕となら、もう笑われる事もなくなる!たまこ、僕と結婚してくれ!!」
僕は凝視してくる彼女に思いの丈を吐き出した。
爆つく心音に体が震える。
彼女と視線が絡む。
僅かな沈黙が流れた。
彼女が〈ふっ〉と柔らかな笑みを浮かべ僕を見る。
僕の強張る頬がほんの少し緩んだ。
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