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これは幸せな物語。
とてもとても幸せな物語。
これは幸福な物語。
凄く凄く幸福な物語。
これは幸運な物語。
きっと、幸運な物語。
だって、彼がそう願ったのだから。
『赤は、あなたを愛します』
正午。
屋敷の廊下を歩くチンクエの両手は塞がっていた。
彼女は憂鬱だった。
別に、まだ昼食をとっていないから空腹だとか、自分が運んでいる盆に載っている料理が、自分のモノでないからだとか、そういうことで、気分が沈んでいるわけではない。
ただ、今からあの部屋に行くのが、イヤなのだ。
「……はぁ。」
この屋敷のメイドになって二週間
給料は毎日、仕事が終わってから渡されていた。
その中身はいつも弾んでいた。
だが、メイド、というモノに憧れ、また、金に特別困っているわけでもないチンクエにとって、それはどうでもいいことであった。
だから、仕事や給料に不満はない。
ただ、あの部屋に行くのがイヤなのだ。
長い長い廊下を渡るのには慣れた、苦痛じゃない。
ただ、あの部屋で彼女に会うのがイヤなのだ。
チンクエは足を止め、窓を見た。
鏡代わりにそれを使うと、彼女は作り笑いをしてみせた。
「……うまく話せるかな、私。」
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