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企画のプレゼンがうまくいったからなのか、それとも3日間、続いた雨がその日ようやく晴れたからなのか、僕の気持ちも晴れやかだった。
めずらしく、定時に仕事が終わりあとは、帰るだけ。
次の日が休みだというのも、原因の一端だったのかもしれない。
電車に乗り込むと、立っている人はいない。
席が空いていた。
いつもより早い時間だからまだ満員には程遠かった。
こんな小さな幸せですら、かけ算がうまくいくと、大きな幸せになるのだ。
席に腰掛け、足を休ませる。
こんな幸せに浸っている間にも、知らない人が知らない街へと降りていき、知らない人が知らない街から乗ってくる。
たぶん一生交わることはないのだろう。
辺りを見回すと空席はもうなかった。
また知らない人が乗ってくる。
お婆ちゃんがゆっくりとこちらに向かってきていた。
小さな幸せは突然終わりを告げる。
善意 2 、人目 8 の割合で僕は席を譲る。
立ち上がり「どうぞ」と声を掛けようとしたその時、後ろからお婆ちゃんを押し退け、子供が席に座った。
「おい」反射的に子供に向けて声が出ていた。
しまったと思った。
高齢者に席を譲らない若者というレッテルを回避したら、子供相手にむきになる大人げない若者というレッテルの方に突っ込んでしまった。
体裁を繕うように、出来る限りの優しい言葉を探して子供に説明した。
「僕はこのおばあさんに席を譲ったんだ、君の方がおばあさんより体力があるだろう?体力がある人が体力のない人に譲るのがかっこいい大人なんだ。わかるかな?」
子供は怯えている、いまさら優しくしたってダメなものはダメだ。
そんなことは子供を経験した僕もわかってる。
「すみません」突然、謝罪の声が聞こえた。
どうやら、その子の母親らしい。
助かった。
一通り謝罪の言葉を吐き出すと母親は子供を連れて別の車両へと移っていった。
「ありがとうございます」お婆ちゃんは僕に感謝の言葉と苦味の含んだ笑顔を贈り席に座った。
ばつの悪い僕は次の駅が降りる駅で本当によかったと胸を撫で下ろした。
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