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マサはもっともらしい侑の身の上話を二人に話している。
身寄りがないこと。簡単な読み書きしかできないこと。どの話も嘘ではないが、陰間として育ててきたことは伏せておきたいらしい。
「私どものような小さな商いをしている店では、なかなか目をかけてやることも、できませんで・・・」
マサは殊勝な顔をして話を続けている。
重ね合わせた自分の手をぼんやりと見ていた侑は、男の声で我に返った。
「それではサン君は、我々帝国陸軍の研究に協力を申し出てくれるわけだね」
「はい」
何の話か分からないが、侑には初めから、否、という選択肢はない。
「では、この契約書に署名をしていただけますか」
さっきまで議論を交わしていた少年がおずおずと申し出た。言葉の意味がよくわからない。マサの顔を見ると、名前を書けということだ、といらいらした口調で言った。
「はい」
もう一度返事をして、指示された場所に、サンと大きな字で名前を書いた。子供のような文字だ。
「これで契約が成立です」
マサが急に下卑た顔つきになった。
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