◆通りゃんせ 通りゃんせ

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 谷内はにこやかにそう言うと、おもむろにノミの刃先を俺の口の中に差し込んだ。自分の前歯に硬い刃が当たっているのが分かる。  いつの間に取り出したものか、彼の右手には大振りの木槌が握られていた。全身に気持ちの悪い汗が一気に吹き出す。 「大丈夫ですよ。痛みはなかったでしょう?」  大きく振り上げた木槌を、何の躊躇いもなくノミに打ち付けた。ガツッ!と鈍い音がして、脳全体が揺さぶられるような衝撃が伝わる。喉の奥に何かが落ち込んできた。  続いて、もう1度衝撃。もう1度。もう1度。  ノミを手放した谷内は何の躊躇いも見せずに、俺の口の中にその長い指を突っ込んだ。 「う……ぐぇ……げぉ……」  無理矢理に口を開かれているので、口腔を無遠慮にまさぐる谷内に抵抗する事が出来ない。  こみ上げてくる吐き気と、口唇の端から溢れだす唾液。気持ち悪さに流れる涙のせいで、俺の顔はきっとグチャグチャになっているだろう。俺の口の中から抜き出された谷内の指先に摘まれていたのは、俺の歯。恐らく前歯だ。上下の四本の前歯。それをノミと木槌で根本から叩き折ったのだ。 「四歯は村端(むらはた)に。川に良く魚を招くように」  既に俺には抵抗する気力も残っていない。  確かに痛みはなかった。本当なら悶絶して気を失ってもおかしくない痛みに襲われているはずだ。だが、鈍く鋭く衝撃は感じても、全く痛みを感じる事はない。一滴の血も出ない。  まるで自分の体が人間ではない『何か』になってしまったのだろうか。  次に谷内が神像から取り外したのは一挺の斧。それを頭上に振りかぶった彼を、俺はぼんやりとした眼で見上げていた。  ドンッ!と鈍い衝撃があり、台の上に俺の左腕が転がった。 「招く左腕は村入(むらいり)に。村に良き風を招き給え」  谷内が歌うように言葉を発すると、広間に詰めかけている村人達からも唱和の声が響いた。 「村に良き風を招き給え」  続いて右腕に衝撃が。左腕と同じ様に、肘から下で切り落とされた右腕。 「穢れを祓う右腕は村出(むらいで)に。悪しき風を祓い給え」  谷内の顔に張り付いた笑顔に、それ以上の感情を見付ける事は出来ない。手慣れた作業を淡々とこなしているだけのようだ。
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