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俺の記憶の中に、ポカリと浮かぶ光景がある。
山道のような、薄暗く狭く細い道が続いている。その道を幼い俺は、両親に手を引かれて歩いている。
道の先に見えてくるのは、巨大で古びた黒い鳥居。長い間、風雨にさらされて元の色が何色だったのか、分からない。もしかしたら、最初から黒かったのかも知れない。
無性に怖かった。
どうしてそんなふうに思ったのか、この先に行ったら、もう帰ってこれないような気がしたんだ。
場面が変わると、周囲には同じ年恰好の子供が何人もいた。
皆、正月のように晴れ着を着て、落ち着かなげにざわめいていた。
繋いだ手を強く握られて、俺は父親の顔を見上げる。父親は緊張した面持ちで、じっとどこかを見ていた。
そして聞こえてくる太鼓の音。
どん、どん、と音が響くたび、周囲の空気までが一緒にビリビリと震えるのが感じ取れる。
さらに籠められる力。
恐怖心がふくれあがり、俺は泣き出しそうになった。
しばらくして、白い着物の男達が入って来る。手には盆のような物を持ち、そこには木製の御札が積まれていて、一枚ずつ子供達に手渡された。
慣れない筆で、御札に自分の生年月日と名前を書いていく。書き終わった者から、御札を白衣の男に返す。
ただそれだけの事なのに、場の空気は痛いくらいに張り詰めているんだ。
再び、場面が変わる。
俺は両親に手を引かれて走っている。
父さんは後ろを頻りと気にしていて、母さんは涙でくしゃくしゃな顔をして、俺を急かしている。
俺は訳も分からず、引っ張られる腕が痛くて、尋常でない両親の様子が怖くて、言われるがままに足を運んでいた。
不意に、父さんが何事かを叫ぶ。母さんが物凄い形相で、俺の腕を引っ張った。
痛いよ 痛いよ 母さん
やめてよ 腕が千切れちゃうよ
ねえ 父さん
苦しいよ もう 走れないよ
止まるな! と、父さんが。
逃げるのよ! と、母さんが。
痛いよ 苦しいよ
どうして走るの?
何で逃げなくちゃいけないの?
答えはない。
ただ……。背後から聞こえてくる、歌声。
──この子の七つのお祝いに
御札を納めに参ります
行きは善い善い
帰りは怖い
怖いながらも
通りゃんせ 通りゃんせ──
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