◆御用のない者 通しゃせぬ

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 タクシー乗り場には1台の車の影もなく、果たして今も機能しているのかどうか分からない。バスに乗るためにはやはり、この道を下っていくしかないのだろう。以前は何かの店舗であったが、今は堅く扉を閉ざし朽ちるままにされている建物の前を通り過ぎ、バス停を探して歩き始める。  時間的なものだろうか。人にも車にも出くわさない。静かなものだ。だが「田舎」という言葉から受ける、牧歌的で長閑なイメージとは違う。ここは、昨今の市町村合併により、現在の「N沢市」となったのだろうか。悪いが「市」とは名ばかりで、取り残されているような印象を受ける。僻地や寒村と称される土地に足を運んだ事もあるが、ここまで閑散とした雰囲気ではなかったような気がする。  駅は地形の関係からか、集落から離れた場所に位置しているようだ。坂道を下って行くと、突き当たりが丁字路になっており、そこに立つと高台から家々の屋根が見下ろせた。  丁字路の入り口、道幅が広くなった所に停留所はあった。小さなベンチの設えられた、コンクリートの箱みたいな停留所。かすれて薄くなった時刻表を確認すると、15分程でバスが来るようだ。運がいい。これを逃せば、夕方までバスはない。  ちょうど昼時で空腹を感じてはいたが、とりあえず移動を優先する事にした。Y村に着けば、店なり食堂なり探せるだろうし。ああ、さっきの自販機でコーヒーでも買っておけば良かった。でもあの自販機、動いていたんだろうか? くそっ、思い出したら余計にコーヒーが飲みたくなってきた。今から戻っても間に合うだろうか? いやいや、ここであえて危険を犯す必要もないだろう。時刻表通りなら、バスが到着するのは間もなくのはずだ。都心のように渋滞などの交通事情によって、到着時間が大幅に遅れる事もないだろう。  しかし、これから行くY村に、本当に「通りゃんせ」の伝承は残っているのだろうか? 俺の胸中を不安がよぎる。  昨夜の居酒屋の大将も、電車に乗り合わせたお婆さんも、「通りゃんせ」発祥について何も知らなかった。これだけ有名な童謡だ。土地の人間が、しかも古くからそこに住む人間が、全く知らないなどと言う事があるだろうか?
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