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もうすぐ11月になろうと言うのに、何だかベタベタと湿度が高い。例年なら、初秋の爽やかな風が吹きはじめてもおかしくない時期を、とっくの昔に通り過ぎ、いつまでも夏の名残が消えない。
この分だと、11月に入ってから秋をスッ飛ばして、いきなり冬になるのだろうか。
俺は編集部の応接セットで、冷えた麦茶が欲しいなぁ、などと考えながら湯気を立てる熱い茶を吹き冷ましていた。
フリーランスの、それも駆け出しのライターなんて話を聞いてもらえるだけでも良しとしなくては。場所によってはお茶どころか、門前払いをくらう事だってあるんだから。
今日はコラムの仕事をもらっている雑誌の編集者から、打ち合わせと称して呼び出しを受けていた。
大したスペースではないが、それでも三文ライターにとっては重要な連載だ。
編集者の機嫌を損ねないように予定の時間よりも早くに到着したのだが、相手の電話が長引いているらしく、結構な時間待たされている。
いやいや、文句は言うまい。連載をもらえるだけ、贅沢なんだ。……何だか、どんどん卑屈になっていくな、俺……。
「いやぁ、お待たせ、お待たせ」
衝立の向こうから、汗を拭きながら編集者の大滝が顔を出す。
11月にもなって冷房をかける訳にもいかないから、とりあえず窓を全開にして凌いではいるが……風が入ってこなければ意味が無い。
「何だろうねぇ。こう湿気が多くちゃ、敵わないよ。ほら、ボクって汗かきだからさぁ」
向いのソファーに腰掛けながら、大滝は手にしていた書類をテーブルの上に置き、俺に示して見せた。
「最近はさ、都市伝説なんか注目されてるでしょ? うちでも今度、雑誌で『童歌に隠された謎』みたいな特集を組むって話でね。1ヶ月で1つの童謡を紹介して、各地域に残る伝承なんかを載せていくつもりなんだ。時間的には結構タイトだと思うけど、ど、どうかなぁ?」
もちろん、俺に断る理由などない。特集が続く間は、仕事が途切れる心配はない訳だからな。
「はい、大丈夫です! ぜひ、やらせて下さい!」
俺は即決で返事をした。
「そっか。じゃあ、頼んだよ。特集は再来月に掲載予定で、今回は準備期間も兼ねて少しは時間があるから。よろしく頼むね、岩城ちゃん。信頼してるよ」
そう言って片手を挙げると、暑い暑いとぼやきながら大滝は衝立の向こうへ戻って行った。
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