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「はあ」
森谷洋輔は、医者からの説明を聞いていた。
最近流行っているウイルス性の感染症についてはニュースで知っていた。昨日から地域の広報車が注意喚起のアナウンスをしながらぶんぶん走っている。しかしまさか、それに自分が感染するとは。
昨夜からやたら動悸がして、おかしいとは思っていた。検索してみたら自覚症状のほぼすべてが、あてはまっていた。だるくて熱っぽい、そわそわする。
病院からの帰りがけにスマホでテレビのアプリを立ち上げた。
ああ、やはり。
字幕スーパーで、自分の名前が流れている。病院には国の対策室に患者を報告する義務がある。国が随時患者名を発表している……これで、一躍有名人だ。
ニュースキャスターがテンション高く、現時点での患者数や感染範囲についてしゃべっている。地図は東京を中心に真っ赤だった。
感染して自覚症状がでて36時間以内に好きな人とキスしなければ死に至る。
ウイルス自体は突然変異のもので、数か月後には消滅するらしいが、死者なんかでたらシャレにならない。
今のところ1名も死者が出ていないのは、感染者がキス指名した人間に拒否権はないからだった。
なんせ人の命がかかっている。感染者には指名した人間にキスをしてもよいとされる超法規的な権利が発生する。
キスキス・スキス菌。
誰がこんなおかしな名前をつけた。
重たい恋愛をしている人間ほどかかりやすいという。
たかがキス、されどキス。まだ死にたくない。
森谷の場合、もう12時間が経過しているから、残りはあと24時間。
しかし、どうなんだ。
死ぬのは嫌だからキスさせて、って頭下げるのキツくないか。
目下キスしたい、キスするべき、キスさせてもらいたい人を思う。
テレビ報道の影響で、先ほどからいろんな連絡がはいりまくり、通知音がうるさくてスマホの電源を落とした。
ああもう、1時間たっている。
あと23時間。
はい、どうせ恋愛をこじらせてるよ。
しかし、だがしかし。
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