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七尾はそう言うと、引き返し、Jの手から靴を奪う。それからちょうど通りがかったタクシーに乗りこんだ。Jは自分の唇を痛みを感じるほどかみしめる。確かに、七尾の唇と舌がそこにのった。
「なんなんや」
携帯がなって機械的にでると「シャチョー、なんかそっち変なビョーキ流行ってやばいみたいやで、香港もどってきなはれ」と秘書がざっくらばんな日本語で話す。
「もう遅い」
Jはずるずると車にもたれ空を見た。七尾のキスを思う。
もう遅い。口の中を跳ねまわった甘い舌。
「て、言われても、仕事、中抜けしてきたんで」
「いやいや、あなた、早急に対処しないと死にますよ」
医者はにこりともせずそう言った。
会社に戻ると、すでに感染は全社に知れ渡っていて、みなが早く帰れ、早く帰れと騒がしい。
そもそもそれはどこにでもある常在菌で、感染と発症には個人差がある。よほどのことがないと人から人へは感染しないと医者から説明を受けた。だからそのまま仕事を続ける。
残りまだ21時間もある。
自分の命も大事だが、目の前の仕事も結構重要な局面で、そっちも大事なのだ。それにしてもみなの顔に露骨にでている。
「開堂が感染するとは。つまり恋愛中というわけか」
しかしそのへんもオールスルーで、特に早退するでもなく、がっちり残業もした。
「開堂!!」
こちらが指定した待ち合わせ場所にやってきた七尾は、開堂に向かって、全速力で走ってくる。こんな必死な顔を見たことがない。そう思った。次の瞬間、七尾に飛びつかれ抱きつかれた。
帰宅途中のまだ人通りも多い時間帯だというのに、有無をいわさずキスされていた。
おやおや、と思いながら、ビジネスバッグを下におろし、その身体に腕をまわす。
「だいぶ、情熱的」
「バカ、ほっといたら死ぬんだからな!!」
長身の開堂に、のぼるようにしがみつき、何度も何度もキスをする。悪くはないが、切迫した七尾の様子が少し危ない感じだ。
「七尾、おちついて……」
七尾は顔をしかめ開堂から身をはなす。
「お前はもう大丈夫だよな……こうしていられない……はやく、次に行かないと時間が」
「いやいや、死なないってさっき」
「は?」
「風邪程度の症状ですむらしいって公式発表がされた」
「本当に?」
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