48人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
ニュース画面をたちあげて緊急事態解除の報を見せると、七尾は深く息をはいた。
「……あと何人まわるつもりだったよ」
「ええと、7人、いや、8人かな」
開堂は七尾の唇を親指できゅっとぬぐうように、押した。この柔らかい唇は今日いったい何人とキスをしたんだ。
「本当にもう、だれも死なないんだな?」
眉を寄せ、悲痛な表情だ。
「死なないよ。だいたい死んでもあんたのせいじゃないし」
その頭を自分の胸におしつけると、う、と言って、七尾は身体をこわばらせた。
「そんなわけないだろ。死んだら、俺のこと好きっていう誰かが死んだら、俺のせいだ」
七尾に恋こがれこじらせている奴は数知れず。
「今日はほかに誰とキスを?」
「感染したって連絡してきた奴……何人かと」
開堂はそれを聞き、さすがにイラっとした。感染もしていないのに、この騒動に乗じたものもいるだろう。
「ほかは?」
「お前以外に、二人」
二人。
それはそれは、だいぶ心当たりがある。
「ご苦労様」
「平気だ。誰かに死なれるより全然平気」
皮肉に対し何も返せない様子に、開堂はやや驚く。七尾は憔悴しきっていた。
舌うちしたい気分だ。
「キスで治るわけないだろ。むしろ悪化する」
「え、だって唯一の対処法だって」
「昔っから医者でも治せないって相場が決まってる」
うつむいた前髪すくようにして、弱った頬に触れる。
「ほら、俺のウイルスもう一度あんたにやるよ、ピンポン感染だ」
だいたい、細菌とウイルスは別物なのだ。人から人へはうつらない。
キスキス・スキス菌などと、ふざけた名前しやがって。
細い腰を抱いて、首根っこをおさえつけ、流し込むようにキスをする。
七尾は弱っていて、ただされるがままで、眉根をよせる。
「なあ、キスだけじゃ治る気しない。骨までぜんぶ食わせて」
周囲はキスをしている人々でいっぱいだった。まだまだ緊急事態なのだ。キスを繰り返す開堂と七尾を誰も見向きもしない。
最初のコメントを投稿しよう!