七瀬へ

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七瀬に返事を書こうとする。 『私も本当はいやなのに、そう言えないことが多い。強い子とか目立つ子とかの言いなりみたいな空気がクラスに広がってる。でもそれを壊そうとする勇気がない自分もいる……。』 その言葉は、自分のことを「私」と偽り続けている自分に突然跳ね返ってきた。 紺色のボールペンをぐっと握り締めた。 七瀬は「美谷 翼」女だと思っている……。 自分のことも伝えられず、ただ七瀬の理想を演じているだけのように思え、書きかけの便箋を破り捨てたくなった。 机から離れ、ベッドに倒れ込こみ、七瀬の手紙を思い出す。 小さく溜息をついた。 元気を出してもらうには、「俺」はいない方がいいんだろうな……。 そう自分に言い聞かせて、再び手紙に向かい合った。 それから一か月ほど経ち、手紙が届く。 いつものように堂々と書かれた「美谷 翼様」の文字を見て安心し、それからの手紙はいつも力強い文字と前向きな言葉が並んでいた。
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