第1章 闇の中 神の光

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死んだ親方は、とにかく善い人だった。 困窮の淵に立つ友の借金を、肩代わりして 無理に無理をして、苦労に苦労を重ね、 死んだ。 親方の婦人もノワールも、必死に諌めた。このままでは自分を滅ぼすと。少しは自分も顧みてくれと。 しかし親方は、友のために自分の身を削ることをやめようとはしなかった。 親方の婦人は、何度もノワールに言った。 「あの人はーーーー、いつか、自分で自分を弑すだろうよ。あの人はそれで満足なんだろうけどね。」 ノワールとて、親方に死なれたくはなかった。 だから、親方が考えていたより早く独立し、親方の元を離れて自分の食い扶持は浮かせ、自分の店を開いて仕送りしていた。 それなのに、親方はノワールが店を離れた半年後に死んだ。過労が死因だったという。 しかも、親方の婦人が親方の葬式後に部屋を掃除したところ、ノワールの仕送りは、そっくり全額が残されていた。 ノワールに送り返そうと思っていたのか、便箋に入っており、白紙の手紙も入っていたという。 その金は、ノワールは全て婦人に寄付した。 それでもノワールは、ずっと後、人間としての記憶を失う最後の瞬間まで、その時の婦人の笑いそうで泣きそうな表情を忘れなかった。
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