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彼を見るなり、そこに居合わせた全ての人々は血相を変えて走り出した。
女はキャーキャーと悲鳴を上げながら、男は泣き喚く子供を抱きかかえ、それぞれの家へと逃げ込んでいく。そして、厳重な戸締りをした。
瞬く間に人っ子一人いなくなった広場に呆然と立ち尽くしたまま、彼はあたりを見渡した。
また今日もダメだった。人はみな、その姿を見ただけで恐れ戦き、尻尾を巻いて隠れてしまう。彼にしてみれば、怖がらせるつもりは毛頭ないのに。むしろ仲良くしたいのだ。人々の和に混じり、穏やかに暮らしたいだけなのだ。
それなのに。少しばかり人より体が大きくて、少しばかり人より厳しい顔をしているだけなのに、みながみな彼の内面までもがそうだと思い込んでしまう。
たまらずに、時には立ち並ぶ家々の戸を叩いたこともある。しかしそれが大きく開かれることは決してなかった。開いたとしても、ほんの隙間だけ。そこから恐怖に震える声が聞こえてくるのだ。
「すみません。今うちにはこれだけしかないのです。これで許してください」
そうして彼の手に幾ばくかの金が握らされる。
そんなものが欲しいわけじゃない。ただ仲良くしてほしいだけなのだ。
いくらそう訴えたところで、人々の反応は一向に変わらなかった。無理やりつかまされた金を手に、彼は家路につくだけだ。今ではそれは積もりに積もり、とてつもない量がたまっている。いつか返そうと思っていても、その機会すら与えられない。
彼は肩を落とし、船に乗る。人里離れた島にしか、彼の住む場所はなかった。
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