第1章

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 しばらく彼女は電話をしながら歩いていた。俺はその後ろを一定の距離を開けて歩いた。すると彼女は右に曲がった。よしっ。俺は直進なので彼女と別々の道になる。やっと自分のペースで歩ける。そう思った矢先に、俺のすぐ近くで女性の悲鳴が響いたのだ。それは先ほどまで俺の目の前を歩いていた彼女に違いない。俺はすぐさま彼女の曲がった曲がり角に行き、右側を見た。  そこには、俺の前を歩いていた彼女がへたり込んでいた。そしてその彼女の前に一人の男性。帽子を深くかぶりマスクをしている。そしてコートを着ていたが、その下は裸だった。こんな変質者が現実にいるなんて、俺は初めて知った。  「おい、何してる」  俺は咄嗟に叫んだ。  変質者と俺は目が合った。変質者はすぐさまコートで自分の裸を隠し、体を反転させ去って行った。  俺はへたり込んでいる彼女に近づいた。彼女はカバンとスマホを地面に落とし、小刻みに震えていた。  「あの、大丈夫ですか?」  彼女は、ゆっくり俺のほうを見た。彼女は怯えた表情で「はい」と小さく返事をした。  「なんなんだ、あのヤローは」と、俺は逃げて行った変質者に向かって言葉を投げた。  俺は落ちていた彼女のカバンとスマホを拾ってあげた。そして俺が何回目かの「大丈夫?」という言葉に、やっと彼女は落ち着きを取り戻し、立ち上がって「大丈夫です」と答えた。  それから俺は彼女と話をした。  彼女は友達のアパートに向かう途中だったという。そして俺は彼女からこんな頼まれ事をされてしまった。  「あの、迷惑でなければ、駅まで一緒についてきてくれませんか?今日は怖くなったので友達の家に行くの止めます」  俺は一瞬考えたが、彼女の頼みを了承した。さすがにこの状況で一人の女性を残して去れるはずもなかった。  俺は彼女に「いいよ」と言った。  「ありがとうございます」と彼女は頭を下げた。そして友達に電話をして、行けなくなった事情を話しているようだった。  電話が終わると、俺と彼女は駅に向かって来た道を戻った。  駅まで行く途中、俺と彼女は何も会話をしなかった。本当は何か喋って気を紛らわしてあげたかったのだが、何て声を掛けていいのか分からなかった。  駅に着くと俺は彼女に、「一人で大丈夫?帰れる?」と訊いた。彼女は「はい」とだけ小さな声で答えた。それから彼女は申し訳なさそうに、俺に話し掛けてきた。
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