第1章

6/6
前へ
/6ページ
次へ
 そう言って、彼女は包丁を取り手首に当てることも何度もあった。俺は彼女を落ち着かせて、とりあえず包丁を取り上げる。しかし彼女は「別れるなら死ぬ」と言いながら泣き崩れる。俺のほうが根負けしてしまう。  別れ話をしては、またやり直す。そんなことを繰り返しながら1年が過ぎた。  やっぱり俺は彼女と別れたかった。一人になりたかった。束縛されず、自分の好きなときに友達と遊びに行きたかった。  俺は決心して、もう一度別れ話をすることにした。  「もう別れよう」  「嫌よ、別れない」  「俺、もう疲れたんだ」  俺がうなだれていると、彼女は無言になって何か考えているようだった。    「頼む、このとおりだ。別れてくれ」と言って俺は土下座をして。土下座なんて生まれて初めてのことだ。  彼女は黙ったまま、別の部屋に行った。そしてまた戻ってくるなり、俺に向かって何かを投げつけた。  「分かったわ、別れましょう。そのかわり交換条件があるわ」  俺は彼女の言葉に驚き、彼女の顔を見た。彼女は顎で、投げつけたものを拾えと俺に命令した。俺は彼女が投げつけたものを拾い、そしてそのかたまりを広げた。  そのかたまりは、コートと帽子。それにマスクだった。  「ある人の前で、私を襲いなさい。それが交換条件よ」    
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加