丘の上に建つ白い家の傍らに、二人の男がいる

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あぁ、目眩がしてきた。こんなのはちっとも美しくない、美しくないぞ!  何なのだ、これはいったい? 花の香りでむせ返りそうだ。 「私」は気分が悪い。 あぁ、吐きそうだ。えぐっ、えっ、えっ、ぐぶぅっ ドアの傍にいる最後の文字をしまおうとしている男は、いささか不機嫌な面持ちで言った。 失敬な方だ。私が、“声”が文字になったその瞬間に、新鮮さが損なわれることのないよう逸早く、リズミカルにしまう作業をひたすら続けてきた結果、草花木として育った文字の数々、この美しい自然庭園、大胆かつ精緻な調和がもたらす麗しき草花の祝祭――それを美しくないなどとおっしゃるとは。 あまっさえ、神聖な仕事場を吐瀉物で汚すなど……信じ難い、あり得ませんな! どうやらあなたは他人の話を傾聴するよりまず、ご自身の主張を通さんとする方のようだ。そんなことでは、美しい自然を愛でる余裕もありますまい。 「私」はムッとして、咲き誇る花々とはびこる草木で埋め尽くされ、丘の上の白い家が上半分ほどしか見えなくなっている、男の心のドアの風景から男の顔へと視線を移した。 男には顔がなかった。 あぁあぁあぁあぁっ よく、お分かりになったでしょう?  私とあなたの風景は似て非なるもの。私には心がない、ゆえに表情も用をなさない、だから顔がない。リズムだけがあるのです。 あなたの風景に私はいますが、私の風景にあなたはいない。私もいない。 あるのは美しい自然のハーモニーだけです。 私のこれまでの仕事の成果があるだけなのです。
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