丘の上に建つ白い家の傍らに、二人の男がいる

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このやり取りにわが意を得た「私」は、さっそく反証を繰り出した。 ハハハハハ。語るに落ちるとはこのことだ。 やい、おまえ! おまえはいま、自分に心はないと言った。おまえの顔に目も鼻も口もないのは、心のないおまえが感情を表出することはないからだと言った、そうだな? 男はいかにもとばかりに軽く頷く。 ハハハハハ。バカめ!  おまえがさっき自慢げに俺に見せた風景、俺の心の風景とよく似た、だがしかし、クソ忌々しい草花木で埋め尽くされた心の風景は、おまえが心のドアを開くことによって俺に認知された。 おまえが心のドアを開いたんだ(・・・・・・・・・・・・・・)、この俺に! つまり、おまえには心がある、俺と同じく。 いや、それ以前に、おまえは確かこう言ったはずだ。 “この仕事で優秀な成績を修めている”  それは矜持だ。仕事に対するプライドだ。おまえが本当に心を持っていないのなら、そんなもの持つはずがないではないか! ハハハハハ。ハハハハハ。 やれやれ。融通の利かないお方だ。 それらが話をするうえでの便宜上のものだとは、お考えにはなられないのですね。 しかたがありません。音楽に準えて、もう少し分かりやすくご説明申し上げましょう。 心とは、たとえるならメロディにあたるのかもしれません。 ここではない別の世界では、悦び、愉しみ、怒り、哀しみ……そこらから派生する安泰、享楽、驕り、独善、不安、恐怖、不信……ありとあらゆる感情のメロディが、日夜奏でられています。 一方、再三申し上げておりますように、私には心がありませんから、私の奏でる音楽にはメロディがないということになります。 おかしいですか? 音楽はメロディがないと成立しませんか? そんなことはありません。リズムだけで構成されている音楽もちゃんとあります。
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