白昼の悲鳴

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 店員と話をしていた青年、浅野はそろそろと和菓子屋に近づきました。  入口の前に差しかかった時、暖簾をかき分けて一人の客が店から出て来ました。四十代くらいの男性で、店の名前の入った紙袋を提げています。さっきの悲鳴の主かもしれない、そう思って横目で様子をうかがいましたが、頬を緩ませた表情には異常な事態を感じさせるものはありませんでした。 「ありがとうございました」  店の前に出て来た店員がお辞儀をしてお礼を言いました。浅黄色の着物に赤紅の帯を締め、髪は日本手拭いで纏めています。お辞儀したうなじを覗かせた着物の衿は美しい曲線を描いて前方に連なっていました。浅野の目は衿の流れに吸い寄せられます。豊かな胸元にたどり着いた時、店員がすっと顔を上げ、目と目がしっかり合ってしまいました。 「いらっしゃいませ。何を差し上げましょうか」  店員は笑顔で語りかけます。 「あ、ちょっと見ていただけだから。その……、お菓子を」  浅野はどぎまぎして答えました。 「それではどうぞお店の中に」  店員は暖簾を持ち上げて微笑みます。引っ込みがつかなくなった浅野は暖簾をくぐって店に入りました。  店内にはショーケースが並んだカウンターがあり、反対側に緋毛氈を敷いた縁台と小さなテーブルが設けてありました。店員はふっくりした手のひらで縁台を指し示します。 「こちらにどうぞ」  浅野は縁台に腰を下ろしました。 「ご試食をお持ちしますね」  断る暇を与えず、店員は店の奥に引っ込みました。しばらくしてお盆を胸の前に掲げて戻って来ます。お盆の上にはお湯のみと小皿に載った白いお饅頭がありました。 「うちの自慢のお菓子、じぞう様のほっぺです。ご試食ください」 「いいんですか?」 「ええ、食べていただかないと、美味しさは伝わりませんから」  店員はテーブルにお湯のみと小皿を並べます。 「どうぞ」 「じゃあ、いただきます」  浅野は小皿を手に取ってお饅頭を眺めました。大きさは7、8センチくらい。少しつぶれた半球形をしています。皮は求肥のようで、白くてうっすら透き通った感じです。柔らかそうな生地の真ん中あたりに指でつついたようなくぼみがありました。  「このくぼみが一番の特徴なんですよ」  店員がそばにかがみこんで来て説明します。
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