【砂海のクジラ】

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「じゃあが、ちょっと気を付けたほうがええのう。 どの毒草も効果が穏やかに表れたら、軽度の興奮と鎮静の作用が交互に働いて惚れ薬にもなるかもしれんが、効きすぎた場合は幻覚を引き起こす恐れもあるのう。 あれだけデカくても動物じゃから、ヒヨスあたりの毒性で死にいたるかもしれんし、あれが幻覚で暴れたりする可能性も考えるとやめといた方が無難かもしれんのう」 「へえー、そうなんだ。 ダックちゃんすごーい」 「すごいことなんかありゃあせんわい。 そもそもファーマーっちゅうんは、農作物を育てるために、土質地質や肥料のための化学的から、虫や獣の害益を見極めるための生物学、それからもちろん気象学、植物学、薬学、栄養学にいたるまで、様々な知識に通じておかんといかんのじゃあ。 ベテランで熟練で燻し銀のこのダックぐらいになりゃあ、毒草の知識ぐらいは朝飯前じゃあ」 ミツキの賞賛を受けたダックは、どうやら謙遜らしい言葉を並べながらも小鼻を膨らませている。 「じゃあクジラさんにコレ使うのはやめとくね。 また今度、群青ちゃんにでも食べさせてみよーっと」 ミツキがそう言ったので、アラキは思わず群青の顔を見たが、彼は顔色ひとつ変えていなかった。 「だけどじいさん、オレンジの木かなにか枯らしたんだろ?」 タタが意地の悪い笑いを浮かべた。 「そうじゃった、オレンジの木のためのすごいアレじゃったわい。 砂海の中を泳いできたあのクジラは、どこかの土地に眠るすごい成分を知ってそうじゃのう。 よし、ここはクジラに恩を売っておいて、見返りを求めよう。これが亀の甲より年の功ってやつじゃあ」 ダックはタタのからかいに気付かないだけでなく、どうやら途中から自分の思考の世界に入ってしまったようである。 本人は考えていることが垂れ流しになっていることには気付いていないようだ。 「恩云々はじいさんが船降りて勝手に売ってきてくれ。 なんと言われても、ヌグルース号は進路は変えねえ」 「分かった」と答えたのはダックではなくサクだった。 日光を照り返して、銀のマスクが強烈な輝きを放っている。 穿たれた眼孔の奥に覗く双眸からは、感情は読み取れない。
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