冷徹男の救いの手

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呼吸が完全に停止した数十秒の間、私の視線も無遠慮に彼の顔の上で停止していた。 彼は動じることなく黙って私の顔を眺めている。 微笑なのか冷笑なのか分からないものを浮かべたその表情は、何を考えているのかさっぱり読めない。 彼が私にここまでしてくれる理由は一体なんだろう? 上を下への大騒ぎとなっている私の脳裏に、ICレコーダーを貸してくれた時に考えた可能性が甦った。 鼻先のニンジン説、まさかの好意説。 「いやいや……まさか、そんな」 息を吹き返した私はやっとそれだけ絞り出し、必死で手を振った。 好意説は絶対にない。 それに、こんな得体の知れない冷徹男の世話になるのと、受付嬢にネチネチ苛められるのと、どちらがマシかと考えてもいい勝負だ。 私を見守っていた彼が冷静な声で口を開いた。 「数ヵ月後には契約満了で僕はあなたの会社からいなくなります。その頃には問題は解消しているでしょうし、後腐れもない」 “後腐れない”という事務的なワードが出た時点で、かすかに残っていた好意説は霧散した。 ほっとしたような拍子抜けしたような感情が心を覆い、身体から力が抜けた。
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