冷徹男の救いの手

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セミナー会場となっているこのビルは人材開発からコンサルティング業、情報サービスまで多岐に事業を展開している企業グループの自社ビルで、あの皆川佑人が所属している会社でもある。 今日は茉由子から例の皆川情報が入ってきていない。 うちの会社なのか、他のクライアント先なのか、それとも此処なのか、彼の所在は不明だ。 だからこのビルに入る時、敵地に入るようで、私はかなりビクビクしていた。 うちの社と違って全員スーツ男子なので、遠隔で見分けにくいのだ。 でも、マーケティングセミナーは彼とは無関係なはずで、このホールにいる限りは安全に違いない。 そう考えると余計に瞼が重くなる。 何度も首がカクンと折れ、慌てて頭を起こすこと数回。 みっともない、講演者にも申し訳ない、ありがたい講話を聞け、と自分を叱咤する。 あくびを噛み殺し、その度にじむ涙を拭きつつ目をかっ開く。 けれど、昨夜だけでなくここのところずっと持ち帰り残業で寝不足だった私の意識は、眠りの国の国境をしばらくさ迷った末、ついに旅立ってしまったらしい。
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