冷徹男の救いの手

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「終わりましたよ」 誰かが遠くで何か言っている。 “着きましたよ”なら、何度かやらかしたことがある。 何日も半徹が続いた週の後半、帰りの電車で座れた時なんかは特に危険だ。 県境をはるかに跨いだ地の果ての駅の風景を私が知っているのはそのせいだ。 「終わりましたよ」 もう一度声がした。 親切な駅員さんの声とは少し違う、呆れ返ったような声音に、頭がただ事ではないと警告を発する。 ……“終わりましたよ”!? 頭をガバッと起こして辺りを見回すと、そこは電車ではなく、ホールだった。 満席に近かったホールには、もうほとんど人の姿がない。 「もうすぐ空調が切れますので」 この声には聞き覚えがある。 ほとんど確信に近かったけれど、別人であることに一縷の望みをかけて怖々と視線を上げた私の座高は何センチが縮んだと思う。 出た。 よりにもよって、こんな場面で。 隣の机に寄りかかって冷ややかに私を見下ろしているのは、腕組みをした皆川佑人だった。
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