冷徹男の救いの手

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できれば夢であって欲しい。 現実逃避して目をそらすと、立ち話していた最後の数名がホールを出ていくところだった。 「僕が施錠します。クライアント先の方ですので少し話を」 私も慌てて机の上のノートと筆記用具を片付けていると、頭上で彼の声がした。 私ではない誰かに向かって言ったらしい。 「わかりました。ではよろしくお願いします」 入口で待機していた女子社員の可愛らしい声が返ってくる。 行かないでという私の心の叫びも空しく、私たち二人を残して、ドアはうやうやしく閉じられてしまった。 シンと静まり返った広いホールに、二人きり。 聞こえるのは空調の音だけだ。 「申し訳ありません……」 蚊の鳴くような声で謝り、身を縮めて断罪の時を待つ。 会社の貴重な経費で参加させてもらっているセミナーで居眠りするとは。 それ以前に、破廉恥な醜態をさらして逃げた前科もある。 きっとここでは遠回しに警告を受け、後日部長からお叱りか、最悪は「明日から来なくていいよ」的な意味合いの通告を受けるのだろう。
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