冷徹男の救いの手

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「江藤奈都さん、ですね」 彼がいきなり口を開いた。 「……はい」 やっぱり名前は割れていた。 観念して項垂れる。 警察に逮捕状を突きつけられた犯人って、こんな気分なのかもしれない。 「申し遅れましたが、皆川です。僕がいることに驚かれたようですが、こういった講演者の選定にも関わっているので」 「本当に申し訳ありません……」 怒っているようではないけれど、それがかえって恐ろしい。 あの夜を共通の認識としながら、触れそうで触れてこないところも。 「いいえ。参加費用は貴社よりきちんと頂戴していますから、それをどうなさるかはご自由です」 私の頭がいよいよ下がる。 誰がどう聞いてもこれは嫌味だろう。 私たちのような管理部門は特に、コストに対する意識が甘くなってはいけないのに。 「それより、困るのでは?」 彼はそう言って、まだ片付け途中で私が握りしめているノートを指さした。 報告書が書けるのか、という意味だろう。 メモを取れたのは序盤だけで、中盤からのノートは真っ白だ。
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