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「ーー!!」
彼は起き上がり周囲を見回した。窓にはカーテンが下げられ、壁にはアイドルのカレンダー、小振りのテーブル、クッション、箪笥…。ここはまぎれもなく彼の部屋である。
彼がソウルに来てから数年の歳月が流れた。自身の努力と支援者の協力により、この地にも慣れ、自活出来るようになった彼は“成功した”脱北者の好例としてメディア等で紹介されている。
とにかく生き続けたい、そのために彼は生まれ故郷を捨て国境の川を渡った。その後、紆余曲折を経てこの地にたどり着いた。今までとは全く違う環境にとまどうことは多々あったが、彼はそれらを乗り越えてこの地に定着していった。その間、彼は生まれ故郷のことは全て脳内の片隅に押し遣り、思い出すことも無かった。
だが、今それがよみがえった。表現しようにも出来ない少女の叫び声。彼女は同級生だった。
彼女の両親は日本からの帰国者だった。現地の人々は帰国者に優しくなかった。生活文化の違いもあるが、かの国の体制が日本を敵視していることも大きいだろう。そのせいか、彼女はおとなしく、万事従順だった。
ある日、彼女の一家が突然姿を消した。数日後、公開処刑がおこなわれるというので刑場が設えられた広場へと動員された。木柱にくくりつけられていたのは彼女の父親だった。その真正面の席に彼女と母親が座らされていた。その脇には治安担当者がたちが立っていた。
まもなく銃声がした。父親の姿は見るに耐えないものだったが、それよりも彼を恐怖の底に落としたのは、彼女の叫び声と鋭い眼差しだった。たまたま目があった彼は、その眼差しに心臓がえぐられた。
長い間、彼女の叫び声と眼差しを封印してきた。だが、ここにきてほどけてしまった。彼女は自分が安穏と生活することを許さないのだろう、永久に。
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