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「アァーッアァァァァァーッ」
僕は、目を瞑り、心を開放する。感情の奥底に届くまでと、その声を招いた。
街角の片隅。彼女のシャウト。いつものラストナンバー。
この悲鳴に似た歌声が、僕は好きだった。
辛さ、悲しみ、諦め、妬み、翳り、渇望、その全てを吐き出し、さらけ出す前向きな彼女の感性に、心撃たれた。
土曜夜の路上ライブ。
足を止める観客は、段々と多くなり今夜は14、5人、ここでよく見掛ける顔もチラホラ。
僕もその常連客の1人で、初めてこの歌声を聴いてから半年、足繁くここに通っている。
ただそれだけだ。
ギターケースにチップを突っ込んで、帰宅するとした。
だけど、しまった。いつもあげている千円札が無い。
まあ良いやと、僕は財布に一枚あったお札を取り出して、ギターケースに置いて帰った。
「ちょっと、君」
「え」
君って、僕の事か?
声の主は、ライブを終えたばかりの歌姫。僕を追っかけて来て、詰め寄った。
「これ、君のでしょ」
手には僕のあげたチップ、一万円札があった。
「こんなに貰えないわ」
真顔で言った彼女は、怒っているようにも見えた。
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