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明け方、納屋に行くと、老人は寝た時と少しも変わらない様子で眠りこけていた。
「やれやれ」そう言いながら、私が納屋から出ようとすると、老人の手から、私の目の前に、いびつな形の木の根っこのようなものが、ごろんと転がってきた。
「何じゃ、これは!」
私はたいそう驚いて、なんだか気持ち悪い感じがしたが、どこか放っておけない気もして、すぐに手に取って懐に入れた。懐でその根っこは、私にすり寄ってくるような感じがした。
そのまま私は水を汲みに沢に降り、沢の畔にある庚申様の前にそっとその根っこを置いた。
庚申様に目をやると、「見ざる言わざる聞かざる」の浮き彫りが、冷たい顔を空に向けていた。
さて、老人は起きてくるなり、すごい剣幕で怒り始めた。
ちょうど私が食事の準備を済ませた頃である。
「薬草を返せ!」
この一点張りである。
しかし、私は聞こえないふりをした。
私は食事をとり始めたところであったが、老人があばれ始めたので、手を止めて話し始めた。
「夜半に何があったか知らないが、吹雪はおさまったようである。すぐにここを出られよ。」
老人はなかなか帰らず、あちこちひっくり返すなどして大変であった。
それでも、私はあえて何もしなかった。
そのためもあってか、昼前になって、ようやく老人は出て行った。
その後、老人が散らかした後片付けで、私は夕刻まで時間を取られてしまった。
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