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娘はほとんど話をしなかったが、時に強情な様子で意見をすることがあった。
この前などは、私が町へ行くのをどうしてもやめるようにと言ってきかないことがあった。
私もほとほと疲れて、町へ行くのをやめたところ、その後大雨が降って、私が通るはずであった山道が崩れてしまった。
こんな風に、次第に、この「らうね」の言うとおりにしていれば、何かと良いことが起こることが続いた。
私と「らうね」は、こうしてだんだんと豊かになって行った。
そんなある日、汚い身なりの老人が、私の屋敷を訪ねてきた。
「わしの薬草を返せ。」
老人はそう言った。
私は、「らうね」を奥に隠し、何も知らぬと答えた。
「知らぬ訳はない。」
そう言う老人の目を見ているうちに、私はきちんと話をしようと言う気持ちになって来た。
しかし、私は「らうね」とも何も話していない。
まずは「らうね」と話すことが先ではないか。
そんなことを思うと、居てもたってもいられなくなり、老人に時間をもらうことを伝え、「らうね」のもとに急いで行った。
「らうね」は全てを悟ったような晴れ晴れとした顔をしていた。
これまで一緒にいて楽しかったこと。
自分は、助けてもらった恩返しをしたかったこと。
しかし、もうこれ以上一緒にはいられないこと。
そんな話を聞き、私はたまらなくなって泣いた。
気が付くと、「らうね」の姿はなくなっていた。
私は、老人に、薬草を沢の庚申様のところに置いたこと、そして、人の気持ちが入った薬草には魂が宿り、相応の扱いをしてもらいたいこと等を告げた。
老人は、急いで庚申様のところに向かい、干からびた薬草を見つけ、喜び勇んで帰って行った。
この老人がその後どうなったのか、私は知らない。
私の方はしばらく抜け殻のような生活を行っていたが、ある時思い立って庚申様にお参りをした。祠をきれいに建て替え、自分が「らうね」にもらった幸せを、今度は人に与えられるように生きたいと願をかけた。
終生、私はもう誰かを嫁にもらうことはなかった。それでも、その後は人のために尽くし、幸せな人生を送った。
私を埋めた墓からは、いつしか誰も見たことのない不思議な植物が生えてきた。そして、それを引き抜こうとする者は、誰もいなかったそうだ。
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